前回はM3の初参加のことや結局楽器沼に落ちたことなどのお話でした。
今回はその続きにして、最後のお話。
前回の記事
20周年記事⑤ 20年活動してきて思ったことあれこれなお話 その5
前回は楽器沼に落ちかけたときのお話でした。今回はその続き。 前回の記事 2009年~初めてイベントでCDを出すお話 M3という音楽同人イベントを知る あれこれち ...
続きを見る
現在に到るまでのお話
徐々に増えていく音楽仲間との交友の機会
今私が主に交友ある方々は奇しくもM3へ参加をして以降の関係が非常に多いです。
最初こそほとんど交友はありませんでしたが、参加を重ねるにつれ、少しずつ少しずつ、仲間が増えていきました。
色々なジャンルをやってきたこともあり、民族音楽を作れば民族音楽の仲間が、オーケストラを頑張ればオーケストラの仲間が、その時々で様々な方々との繋がりが出来ていきました。
さまざまなキッカケがM3を通じて生まれてきたように思います。
それゆえに、半年に一度行われるこのイベントは私の中でもとても重要な位置づけになっていきました。
仕事としての面は少ないですが、自由に制作して自由に発表し、そこで巡り合う人たちとの関わりは非常に心地よいものでした。
いつの間にかプライベートでも飲みにいったり遊びにいったりするようにもなり、面白おかしく日々を過ごしていきました。
東京までいくことが多く、よく終電を逃していたものです(途中駅から歩いて帰った)。
徐々に充実していく制作環境
あれこれ月日が経つにつれ、制作に必要な音源などのプラグインもどんどん新しいものが出てきました。
制作を始めた初期の頃では考えられないくらいにリアルな音がする楽器のプラグインがあらゆるメーカーから発売されるようになると、いよいよ私が思い描いていたような理想の音が打ち込みでも再現できるようになっていきました。
音源だけでなく、音を整えるためのプラグインだったり、リバーブ(残響音)だったり、歪みだったり、あらゆる必要なものが次々と新しくなっていきました。
沼です。
PC内蔵音源から始まり、キーボード購入時のXV-88の音源へ変わり、すぐさまKONTAKTとHalionに出会ってVSTへ移行し……。
主要で使っていたピアノ音源だけでも6~7回ほど変わってきました。
使用PCも、初代はCPUが500Mhzほど、メモリも100MBを切るほどのPCから、今やメモリが64GBです。当時の600倍です。
価格も変動が凄まじかったように思います。
私が10年ほど前に愛用していたオーケストラ用の音源も、発売当初は20~30万ほどしていたような記憶があります。
それがセールなどで10万ほどまで値下げされていたり、10万を切ったり。
最近では時期によって色々なメーカーが50~90%オフセールなどやったりしています。
200ドルだったものを1ドルで買ったこともありました。
とんでもないセールです。
始めの頃こそ、総合音源などでまとめてなんとかしていましたが、徐々にそれでは満足できなくなり、必要なものを個別にちまちま買い揃えていくようになり、気がつけば自分がなにを持っているのか、何を買ったのか管理不能になりました。
沼です。
同じものを二回買ったりもしました。
音源を新しく買った際の難題があります。
だいたいの音源は、今まで使ってきた他の音源とクセが大幅に異なることがほとんどです。
なので、音を差し替えたからといって、同じ打ち込みデータでは全く再現が出来ず、また、新しく打ち込みをするにしてもどういうクセがあるのかいちから覚えなければなりません。
これがなかなかに時間がかかるのです。
が、この作業、清水はとても好きです。
新しい音源の使い倒しで一日費やしたりするのがとても好きです。曲を作れ。
徐々に増えていく楽器沼
前回は記載を省略しましたが、改めまして、増えたハンドパンの紹介です。
合計4つのハンドパンを抱えることになりました。
沼でry
Rav Drum
Rav Drumと呼ばれる楽器です。
これはRav Vast A integral。
これまでのハンドパンと異なり、音色を奏でる孔の部分は金属を削り出して作り上げるタイプです。
スリットドラムなどと呼ばれている楽器もありますが、仕組みは良く似ていると思います。
これがまた非常に独特の音色で、ハンドパンと違ってまず音が良く伸びます。
減衰が少なく鳴り続けるため、叩き続けるとなんともいえぬ瞑想状態になります。
非常に心地の良い音量と響きで、延々叩いていても全く飽きません。
KOAN pan
ハンドパン三台目です(Ravは個人的に別枠扱い)。
これはKOAN E JIBUK。
JIBUKスケールという、やや特殊なスケールなのですが、以前から欲しいと思っていてようやく手に入れたハンドパンでした。
響きはとても素朴で、綺麗に倍音が響いてくれます。
何も考えずに叩けば、Eドリアンスケールの演奏が可能で、頑張ればBマイナーにもなり、ケルトの楽器との相性がとても良いです。
今はこればかり叩くようになってしまいました。
愛用しています。
なお、初代のBali steelは知人に譲る形となり、現在は三台の所持となっています。
曲作り以外のあれこれ
曲を作るだけではなく、なんだかあれこれと色々なことをやっていくようにもなりました。
DTM意見交換会
以前、仲間内で「音楽作るもの同士、集まって色々と話をする場があるといいよね」という話題が出ました。
これは私も良く思っていたことで、仲間内で飲みに行ったり遊んだりは良くしていたものの、仲間内で音楽の話ってあまりしたことがないなとよく思っていました。
そういった場を設けたいなと思いつつ、自宅でどうこう出来るものでなく、とはいえ自宅以外だとDTM環境を整えることも出来ず……。
そんなことを音楽仲間のイチャローさんに相談を持ちかけたところ、快く協力してくださり、様々な環境を用意してくれました。
DTM環境が整ったスタジオ、楽器を演奏できる会場、話し合いが大勢で出来るスペース。
色々な場所に行き、様々なジャンルでみんなで話し合いをすることができました。
当時はハッシュタグで「#DTM意見交換会」として発信をしていました。
この会のおかげで増えた交流も多々あり、私としてもためになる日々でした。
DTM意見交換会のまとめ本もうちにあります。なんと100円です! pic.twitter.com/NI9cyeWGDO
— 清水 嶺:M3-2022秋は第一展N-20b (@Rei_Shimizu) October 28, 2018
活動を本にしてM3で頒布したりもしました。
ITC STUDIO JAM
上記DTM意見交換会から数年。
イチャローさんが発起人で、現在も続けている音楽意見交換会です。
コロナ禍になって以降、直接会うのが難しくなった環境で、オンラインでの話し合いをしていくのが目的で始まった企画でした。
ハッシュタグは「#itcjam」で発信をしています。
オンライン場なので、全国を超えて世界各地からでも同時参加が可能で会場が不要。
普段持ち出せない楽器なども画面越しに見せることが出来たり、画面共有で制作家庭などをを見せたり聴かせたりすることが出来ます。
自分の慣れ親しんだ制作環境そのままで周りに聴かせながら話を出来るのはオンラインならではのメリットのように思います。
こういったスタイルは今後も活用していけると思います。
もっと面白いことが色々とできそうですが、清水には思いつかず。
ITC JAM第一回の配信の様子。
当時はイチャローさんのITC STUDIOチャンネルから配信でした。現在は清水のチャンネルから配信をしています。
何故かゲーム動画だらけになったYoutubeチャンネル
清水のYoutubeチャンネルはちょうど10年前、2012年に解説しました。
当時は特に活動などをするわけではなく、アルバムのクロスフェードのPVなどを投稿しているだけでした。
それがここ最近、上記ITC Jamなどでオンライン配信の環境が整ったことから、様々な配信が出来るようになりました。
その影響で、音楽の配信を……とおもいきや、何故かゲーム配信をするようになっていました。
配信のソフトや環境はあれこれ調べて素材や見た目は自前でだいたい用意、良い感じにまとまりました。
最近はオンラインで音楽仲間と良くゲームをやって遊んでおり、それの垂流し配信をやっていたり、私が個人的にやりたいものをなんとなくやっていたりしています。曲作れ。
ここも、もっと音楽のことを配信していきたいなと、今はそう思っています。……頑張ります。
絵描きも気合を入れだす
2015年頃から、ジャケットイラストを自前にするため、割りとしっかりめに絵も頑張るようになりました。
時間はかかるものの、少しずつ、絵も成長していきました。
以降は自ら描いたジャケットでアルバムを出すようになりました。
ソフト、液晶タブレット……、そのあたりも環境を整えるように。
あれこれ色々なものに手を出してはいますが、音楽以外の環境が整いすぎているように思います。
誰も知らないであろうこと
余談ですが、絵を描くという行いは、2009年にジャケットを自分で描くをいう凶行以降も趣味程度でちらほら描き続けていました。
※絵そのものはもっと前から描いてはいました。
あまり表に公開するようなものはなく、趣味程度でデジタルで風景を描いたりしていました。
が、かれこれ10年以上も前のお話になりますが、当時遊んでいたとあるゲームの公式サイトの掲示板で、ネタで4コマを投稿していた時期がありました。完全にネタです。
だてセスの愛称で呼ばれていました。
あの頃は毎日のように絵を描いていたように思います。良く時間があったなと改めて思います。
そのゲームもつい最近サービスが終了したとのこと。
時代の流れを感じます……。
4コママンガの投稿は、全然違う適当な名前で投稿していたので、もはや今となっては埋もれた遺品状態、そんなネタ作品です。
当時は面白おかしく描いていたものです。
そして20年目を迎え
あれこれしているうちに、気がついたら20年でした。
20年。
なんと長い時間が経ったことか。
改めて思うのは、時代の流れについていくのがとても大変だということでした。
今でもそうです。
というか最近はついていけなくなっているように思います。
自らついていこうとしないと、どんどん周りに離されていくのが良くわかります。
とはいえ、あれこれ色々と手を伸ばしてもキャパオーバーで結局ついていけなくなったりもします。
現状がそれです。余計なことをやりすぎています。反省しています。
自覚できるレベルで持ち合わせた好奇心のおかげで、何かを作りたいという意欲が衰えることはなく、まだまだ作りたいものが山ほどあるため、まだまだ作っていくのだと思います。
活動のしかたは色々と変化はあるかもしれませんが、これからも長く続けていきたいと思います。
ここに来るまでに、色々な方々と関わり、音楽を共にしてきました。
私の作品を聴いてくださる方、仲良くしてくださる仲間、お世話になった方々、こんな私を生暖かく見守ってくれる家族、あらゆる方々のおかげでここまで来れているのだと感じます。
あらゆる人達へ、感謝申し上げたいと思います。