活動のこと 雑記

20周年記事① 20年活動してきて思ったことあれこれなお話 その1

先日の記事の通り、清水がwebサイトを開設してから20年が経ったらしいです。

20年です。
そんなに時間が経った実感が正直全くありません。自分の人生の半分よりも長い間、サイトを運営し続けているということになります。
なにそれこわ、近寄らんとこ。

この20年、本当にあらゆることが劇的に変わっていきました。時代の変化についていけません。
音楽も然りです。20年前には無かった音楽がどんどん生まれていきました。ダブステップのような超かっこいい音楽やら、ハンドパンのような新しい楽器だったり、とてつもなく進化した音源だったり。
そんななか、脳死レベルで「ひーりんぐひーりんぐぅ♪」と言い続けてきた清水の傍観者のような目線で、20年をちょっと振り返ってみました。

主に音楽のお話です。

前回の記事
Unknown - Dimension 20年アニバーサリー! 新曲公開やアルバム復刻など

始めにご挨拶 私、清水 嶺が初めてホームページを作成、開設をしたのが2001年12月23日のことでした。 PCでの音楽制作を始めたばかりで、しかもサイト作りも良く分かっていないながらに試行錯誤しながら ...

続きを見る

2001年 サイト黎明期のお話

はじめてのいんたーねっと

2001年。家にインターネットが繋がった年でした。
あの頃はまだISDNでした。
年寄りくさい言い方ですが、今の若い方はきっと知らない、あの音。ピーーーピーーーーーピリョリョリョリョリョリョ

当時の回線速度は、ダウンロードでいうと秒間7KBでした。良く覚えてます。
秒間7KBなので、1MBのファイルをダウンロードするのに142秒かかりました。
10分ほどのwavファイルが約100MBなので、それをダウンロードしようとすると約4時間かかるわけですね。長いわ。
今の世の中でそれだったら発狂ものです。

MIDI聴き漁りまくりの頃

当時はまだMIDIでの楽曲配信が主流で、MIDIはファイル容量が数KB、大きなMIDIでも100KBほどだった(メガ超MIDIを作った猛者もいた)ので、楽曲のダウンロードは非常に楽でした。
MIDIなので、再生は環境依存、mp3やwavのような波形ではないので、持っている音源で鳴る音が変わる時代でした。
SC-88proとかMU2000とか、パソコンに外付けで扱う音源、いわゆるハード音源というものも当時主流でした。

当時公開されたMIDIに同梱のテキストファイルに記述されている
「このMIDIの再生にはSC-88proが必要です」
これを見るたびに「あ゛ぁ゛!!」となったものです。
一般人がそんな高価な音源持っとるわけないやろがい!!という具合です。当時でああいうハード音源は5万おとか10万とかしたはずです。学生時代の私にゃ手に入れることの出来ない高価なものでした。
必要な音源を持たずにそのMIDIを聴くとどうなるのかと言うと、まず音がなりません。一部の音だけが鳴る、みたいな事になります。良くあったのはドラムの音だけスッチャカスッチャカ再生されるMIDIでした。
なのでそういうものが必要のない、誰でも聴くことの出来るMIDIを主に聴いていました。Microsoft GS Wavetable SW Synthというやつですね、windowsデフォルトでMIDIを再生させると鳴るあの音です。

そんなこんなで、当時の清水少年はインターネット開通が楽しくて楽しくてしょうがなかったものです。
CDやテープでなければ音楽を聴くことが出来ない環境から、自分で探して自由にMIDIを見つけて新しい音楽を聴くことができるという環境に変わり、とにかく聴き漁っていました。

そんなおり、兄がふととあるソフトを見つけてきました。
それが、そもそもの始まりでした。

シーケンサーとの出会い

懐かしきフリーシーケンサー。

自分で作曲が出来るソフト。CHERRYです。
最近じゃDAWなどという言われ方をしていますが、当時はシーケンサーという言い方のほうが主流だったように思います。
その作曲が出来るシーケンサーが無料でダウンロード出来るというのです。MIDIが自分で作れると。

どんなもんかと開いてみましたが、まったくもってちんぷんかんぷんです。
何が何を表しているのかなんてさっぱり分かりません。ピンクの棒を置けば音が鳴るのは分かったがだからどうしろというんだと。下の縦棒はなんだ、左が表してる謎のテキストの羅列はなんだ。なんなんだこいつ俺のことをかき乱しやがっておもしれーソフト。

数分で力尽きました。
曲を作ってみたい欲はありましたが、コンピューターへの理解力が乏しすぎてこういったソフトの画面見てアレルギー出るかと思いました。

やはり自分は聴くだけでいいやと、すぐに投げて聴く側に戻る……ところだったのですが、ここで兄に言われたのです。
もしかしてこのソフトがあれば、あの素晴らしき作家の方々の素晴らしきMIDIの中身を見ることが出来るのではないかと。

思ったとおり、CHERRYで他の方のMIDIの中身を見ることが出来ました。
もはや感動でした。あのちんぷんかんぷんだったシーケンサーに、今まで聴いていただけのMIDIのデータが展開されている、再生ボタンを押すと今まで聴いていた通りに音楽が流れる、物凄く緻密に組まれたMIDIデータがそこにある。ただただ感動でした。

それからしばらく、持っていたMIDIをCHERRYに取り込み、どんなことをやっているのかひたすら調べていました。MIDIの打ち込み方、音色の変え方、その他編集方法……、それと作曲方法。私の作曲の基礎はもしかしたらこの時のものかもしれません。
そうして少しずつCHERRYの理解が出来てきたところで、自分でも制作を始めました。当時は耳コピなんかも主流でした、その耳コピを自分でもやり始めました。最初はそこからでした。

作曲の始まり

耳コピやらをし続けているうちに、やはり自分で曲が作ってみたいと思うようになりました。
始めはちんぷんかんぷんでしたが、だいたいソフトの使い方が分かった今ならいけると思い、チャレンジしました。

撃沈しました。

そりゃそうです。なんの知識もなく無から曲が出来るはずがないんです。最初に何を鳴らせばいいのかがまず分かりません。鳴らした音に何を組み合わせればいいのかも分かりません。
当時は本当にその程度の音楽知識でした。耳コピは聴いた音を組み立てれば良かったのですが、無から音の組み立てというのは意味不明すぎました。何をしていいのか、本当にさっぱり分からないのです。

ただ、ピアノは弾けるので、試しにピアノで何も考えずに鍵盤を叩くと、割といい感じになるな、と。ピアノがあれば曲が作れるということに気づきました。
鍵盤を叩きながら鳴らしたい音を確認して、CHERRYに打ち込んでいく、そんな事をやっていました。非常に時間のかかる作業でした。

そんなことをあれこれやって記憶の限りでは約一ヶ月、もっとだったかもしれません。非常に長い時間をかけて一曲仕上げました。初めて作った曲はピアノソロでした。
それが「Little Prayer」という曲でした。

ピアノソロなら楽器数少ないし簡単なんじゃね?
そんな思いから始めた第一作目。死ぬほど後悔しました。
楽器ひとつで作る曲の大変さを思い知りました。思い知りましたが、仕上げました。

どこまで打ち込めば完成になるのかも分からなかったのを覚えています。最後まで打ち込んで、あれ?これ完成でいいのかな?もっと出来ることないのかな?という感じになるんです。何度も修正して、もう悔いはないかと何度も確認して、そうして初めての作曲は終わりました。とてつもない達成感だったように思います。

はじめてのほーむぺーじさくせい

曲作りと同時に進めていたのが、サイト作りでした。
CHERRYを見つけた兄が、今度はホームページ作成のあれこれをやっていて、なんだか楽しそうだったので「なにそれワイもやるやるぅ♪」的なノリだったと思います。HTMLをテキストで打ち込むホームページ作りが楽しそうだったので真似をしていたものの、よく考えたらサイトがあれば自分も曲の公開が出来るのではないか、と思ったのが最初だったと記憶しています。聴く側だった自分が聴かせる側に立てるかもしれないということに、なんとも言えぬワクワクを感じたものです。

そうして開設した一番最初のホームページ。
テキスト打ちのHTMLやらで作ったつたないサイトです。
MIDIと日記と掲示板だけのサイトです。

当時のホームページ名は「零」でした。HNもZEROでした。
自分の名前「嶺(れい)」から取ったのか、当時放送していた「ゾイド新世紀スラッシュゼロ」のゼロから取ったのか、2001年12月13日に発売された「零 - zero」から取ったのか、今となっては謎です。とにかく当時は零でした。2002年の7月に名前を変えたので、半年ちょいの間だけでした。
どうでもいい話ですが、残っているサイトのデータを見る限り当時の一人称は「僕」でした。僕だったらしいです。いつからかかしこまって私になったようです。こうやって人は大人になっていくんですね。

そんな黎明期のお話でした。

-活動のこと, 雑記

© 2022 Unknown - Dimension Powered by STINGER